対談法話2

H繰り返す
悲しい姿が本性だからこそ私たちに至り届いているのです。「極重悪人唯称仏」(極めつけの悪人はただ念仏を称えなさい)というと、ニュースになるようなすごい罪を犯した人はと思いますが、そういうことではありません。極重悪人とは分かっていても同じことを繰り返してしまう存在を言われているのです。そう考えると特別な存在ではないのです。
G歩まれた人
共に念仏のこころで集まって何をしてほしいかというと、「ただ高僧方の説を信ずべし」。親鸞聖人にたとえますと親鸞聖人まで届けてくださった方々の教えを信じ、親鸞聖人以降も教えを信じて生きてこられた人々、その言葉をもって歩まれた人の生きた姿・願いを訪ねてくれよということなのです。この願いこそ念仏のこころなのです。
F同時代の人々
アミダ様が法蔵菩薩であったときからはじまり、こういう理由で私のところへ届いてきたんだとあって、最後のところで「道俗時衆共同 唯可信斯高僧説」で終わります。道俗というのは道は僧侶であり、俗は僧ではない一般の皆様です。つまりお坊さんも、それ以外の人も、時衆つまり時を同じくしてすべての人という意味です。私たちと同じではないですか。お坊さんも皆様方も同じ時を生きるすべての人よということです。
E私に届く
「不可思議光如来」というのは、アミダ様です。つまり親鸞聖人は、最初の二句は「南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏」とお念仏を称えていらっしゃるのです。そのお念仏は、どうやって私に至り届いてきたのか?どういう理由で私の所へ来たのだろう?と確かめられているのが「正信偈」なのです。
D七言一句
最初「帰命無量寿如来 南無不可思議光」で始まりますね。「帰命」というのは、もとをただせば「南無」です。「無量寿如来」というのはアミダ様です。つまり南無阿弥陀仏と最初に言っておられるのです。そして「南無不可思議光」ですが、七言一句ですから少し省略されているのです。本来から言えば「南無不可思議光如来」です。
Cぎゅっと
今日は報恩講ですから、親鸞聖人は何を願っていらっしゃるのでしょうか。変なことを言いますが、親鸞聖人のお念仏を聞いたことがありますか。聞いたことがあるはずですよ。皆さんもご存知だと思いますが、親鸞聖人のお念仏を「正信偈」の中にぎゅっと詰め込まれています。
B自分が
私たちは生きてる間「自分が」ということが絶対抜けません。それを基本に人間関係を築いていきます。どんな親しい間柄でも、たとえば親子でも本当に何を願っているのかわかりません。それが一方の方がいのち終えられたとき、一方の自我が崩れるのです。そこで初めていがみ合っていたけれど、私にとって大切なことを言ってくれていたんじゃないのかと気づく、これが「とむらう」ことの大きな意味なのではないかと思います。
A何を大切に生きてきたかを訪ねる
「とぶらう」というのは「訪ふ」と書きまして、お亡くなりになった家以外の方が、その家にお供え物を持って訪ねていくことを意味していたのです。つまり亡き方をとむらうというのは、その方がどのような人生を生きられたのか、何を尊いものとして生きられたのかとういことを訪ねるということです。さらに言えば、亡くなってから気づくことがあると思うのです。
まとめの講話 とぶらう 「訪ねて様子を聞く」
日下
  それでは引き続き10分から15分ということでお話しさせていただきます。まとめることができるかどうか分かりませんが、お話しさせていただきます。今日は合同法要でもがざいますが、仏事というのは弔う場であります。弔う(とむらう)と言いますが、昔は「とぶらう」と言っていました。
自分を知らせる
当院
  直接的なことを言いますと、恩というのは自分を清らかにするということではなしに、自分の姿を知らせていただくお念仏であるということを感じました。このあと、10分から15分程度になりますが、まとめのお話しを宜しくお願い致します。

  日下
  大変な宿題ですが、この対談の時間を頂戴し有難うございました。
心コロコロ
E当院
  最近思うことはご門徒さんのことを考えながらやっていこうと思っているんですが、時々ではありますが自分のためにやっていこうという気持ちが出てきました。今日のテーマ「仏事は何のために行うのか」ということも含めて、そんな思いから恥ずかしさを感じることがあります。

  日下
  私たちがお念仏を称えているということは、その時点でお浄土への道を歩んでいるんです。ただ周りと関わりながら生きていますとフラフラと揺れ動きながら生きていますから、時には崖から落ちてしまうこともあるのです。そんな時に仏事は、私たちを揺り戻してくれるものではないかと思います。ですから折に触れて仏事に参加するということは、非常に大切なことではないかと思います。
後継者
D当院
  私も知らず知らずのうちに導かれてお寺に入った気がします。祖父の死もありましたが、人に導かれているのではないかと思います。その人は特別な方でもなく、仏様のような人でもなく、しかし日常の中に仏法とつながることがあったかと思います。そのあたりは日下先生はいかがですか。お父様の具合が悪くなった時も含めてどう感じられていますか。

日下
  私の父親は自分に一回も寺を継げとは言わなかった人でした。ただ、母親の電話攻勢には参りましたね。当時私は東京に住んでいましたが、小さい時は「永代経」や「報恩講」といった法要の場にもおりましたので、御門徒さんは私をずっと「跡継ぎ」として見てくださっていました。
大悲 反対方向
C日下
  大学も宗門の大学でもある龍谷大学に受かっていたのですが、前に申し上げたことが大きな理由となってポール・スミスで働くことになりました。

 当院
  お話しの中にもあった「大悲」とつながるのですが、向き合うべき時に向き合えない私たちの姿は日下先生と重なりますね。
お寺とポール・スミス
B当院
  34歳までポールスミスにお勤めされていましたが、何がきっかけでポールスミスに就職されたのですか。

日下
  そこから入りますか?学生時代から百貨店などに行ってポールスミスの商品を買っていました。そんな中、就職活動をしている時にポールスミスを受けてみないかというお誘いをいただきました。ファッションの世界というと、お寺とは随分と違うところに飛び込んだなと思います。実は私は物心ついたときからお寺がイヤでイヤでしょうがなかったんです。
恩をテーマに
A当院
  先生は親が倒れたことによってお寺を継がれたとも言えるので、そこに継がされたという思いをもっていらっしゃるのではないかと勝手に推し量っていましたが、今日のお話を聞く限りにおいては微塵も感じられませんでした。一般的に言えば都合のいいことには恩を感じますが、都合の悪いことには恩を感じることはできないと思います。その辺を含めて恩ということをテーマにお話しをお聞きしたいと思います。
生まれながらの煩悩
@当院
  本日は有難うございました。今回先生のお話を聞いて、一番残っているのは卵のお話しです。聞いていて私も直さないだろうなと思いました。(25報恩講の講話)人間には生まれながらの煩悩と、経験値による後天的な煩悩があるのです。親に対しても、もっと言えばあらゆる事柄に対して自分の都合によって恩も違ってきます。恩を報るとということが報恩という意味でありながらも、そんなに簡単にうなずくことはできませんね。日下先生もお寺の仕事は全く眼中になかったののに、お父さんが病気に倒れられてから勉強を始めて、大学院の博士課程まで学ばれたということです。
対談法話に先がけて 誕生
誕生日の「誕」という字には「生まれる」の他に「いつわる」という意味がある。この二つの意味を合わせていただくことが大切だと教わった。
私たちは、いつわりだらけの世の中に生を受けている。何が正しいのかもわからずに、一生を終えていく存在だ、と。
お釈迦様はガンジス川の砂を手ですくい 「この世にたくさんのいのちがある中で、人として生まれてきたのは、河原のすべての砂のうち、この手のひらの砂ほどだ」と例えられた。
私たちは生まれてきたことをつい当たり前だと思い違いをしてしまう。当たり前と思う心が日常の不平不満を生み、「こんなはずでは…」と愚痴となる。
誕生日は、生まれてきたことを祝う日であるとともに、真実をいつわって生きてきた自身を省みる日としたい。


戻る