|
|
23当院 話すは放す
これはお寺の現場もそうですが、あらゆるところにつながる事だと思います。今日もこれから懇親を深めますが、そこで話を深めることも大事なことだと思います。
高橋
話をするだけ、聞くだけでも解決はしなくても大きな意味があると思いますね。
当院
本当にそうですね、時間になりましたのでこのへんで終了させていただきます。高橋さん、そしてお集まりいただきました皆さん今日は有難うございました。 |
|
|
|
|
|
22当院 時代を超えるもの
大変だと思って近くのお医者さんに行ったら「病気じゃない」と言われました。葛根湯を飲んだら治りました。口では「大変だ大変だ」と言っていますが、自分で経験してみないとダメなんですね。私ら年代は現場が必要だなと改めて思いました。
高橋
皆さん方がこうやってお参りしていただく、家族だけじゃなくみんなで集まってお参りすると違う(広くて深いつながり)現場ができてくるのかと思います。私たちと違う時代を生きた人、そしてそれにつながる私たちであることを改めて教えられますね。
|
|
|
|
|
|
21 当院 知恵熱
現場って大事ですよね。きょうは住職と反対の仕事をしましたけど、やってみると大変ですね。周りで見ているときと違うんですね。今まで見えないことがあるんですね。実を言いますと昨日38度4分の熱が出たんです。それが結局知恵熱だったんです。
高橋
それは初めて聞きました。住職さんがいない間(しばらく入院していた)の疲れがたまったということですかね |
|
|
|
|
|
S当院 後ろ姿
淳さんがお話しされていましたけど、仏様の言葉にはいろんな意味があると思いますが後ろ姿というのは大事なことではないかと思います。皆さんも後ろ姿を見て今に至っているのではないかと思います。
高橋
普段は相違事も考えずに「忙しい、忙しい」と言って過ごしていますが、法要にあって10年前20年前の大事なことを今この現場で出会うことができるということなのでしょうね。 |
|
|
|
|
|
R当院 手を合わせる場所
現場があるということは大事ですね。法要を考えても、特に子どもにとっては手を合わせる現場があることに大きな意味を感じます。
高橋
子どもに教えられることもたくさんあります。子どもが手を合わせている姿に教えられということは大きいと思います。 |
|
|
|
|
|
Q当院 証明
人間は自分で自分を証明できませんね。他人を介してはっきりすることが多いので、やはりそういう意味でも仏事は大事なのかなと思います。
高橋
今日を考えてもそうですね。「初御講で話をしてください」ということがなければ、私もこんなにしっかり考えるということもなかったと思います。環境・周りとのご縁の大切さを感じます。法要があってはじめて故人のことを考えるということはありますね。 |
|
|
|
|
|
P当院 出遇い
通夜の法話などもそうですが、出遇いというのは自分から出会ったというのではなしに誰かが、あるいはお坊さんを介して出会うということも多いのでしょうね。
高橋
私も20年前におばあちゃんのお葬式に出たのですが、その時よりも今の方がよりおばあちゃんに近づいてきたような気がします。その時はぼんやり思っていたことが、今になってはっきりしてきたことがあります。友だちも同じではないですかね。
出遇い
偶然や期せずして不思議な巡り合わせで、人生観や心に大きな影響を与える人物・物事・教えに出あうこと |
|
|
|
|
|
O当院 時の救い
お金だけではありませんが、役に立つとか何か得することがあったら聞けるという思いは子どもの頃からありますね。悩みを共有するということができる、家族と違った友は仏様が与えてくださったのかとも思います。
高橋
聞くということで言えば、先ほどから合同法要が勤められ参加されていることの大切さを思いますと、何年か経ってから聞くということが成就することがあるのかなとも思います。その時は気づかなかったけれど、時をま待って聞くことができるということです。
|
|
|
|
|
|
N当院 同じ空気
家族というのはだいたい同じ空気じゃないですか。よく親に似てきたと言われるのですが、家族とは違った空気に触れると何か気づかされることがありますよね。淳くんが「念仏称えたら死ぬのが怖くなくなりますか」と聞いたことがあるんですね。そしたら先生は「それはないな」と言われたんです。「ただ、どうにもならないことを共有する仲間ができるわな」と続けられました。
高橋
お寺参りして悩みが消えるんだったら、どんどん話も聞くしお金もあげますよね。悩みがなくならないところで手が合わさるし、共有できる場が成り立つんですね。 |
|
|
|
|
|
M当院 類は友を呼ぶ
さとりというのは証りという意味があり、真理をはっきりと悟る、惑いを断ち真理を証明することですが、自分で自分のことを証明することはできませんね。親子関係でもそうですが、子どものためと思っていても本当に子どものためになっているのだろうかということはありますね。
高橋
「類は友を呼ぶ」と言う言葉がありますが、仏教では、ただの偶然ではなく、自らの心や行いによって引き寄せる必然の結果と見なしていますね。善き友や環境に恵まれるためには、まず自分自身の心が重要であるということです。一方で悪友を避ける重要性を強調してもいますね。 |
|
|
|
|
|
L当院 自分を証明する
家族というのはいいことも悪いことも見てくれる存在ですが、家族だけでは成り立たないものがあるのではないかと思います。それでSNSとか書き込みというものがあるのではないかと思います。
高橋
自分を証明するものを周りに求めているのでしょう。 |
|
|
|
|
|
K当院 悩みは共通する
仲間ということで言えば、自分だけが悩んでいるんじゃないということを確かめられのは大事じゃないかと思います。
高橋
こういう場所でも私はお話しをする立場で来ましたが、違った立場の人たちも共通の悩みを持っておいでになっている方も多いのではないかと思います。私は私、あなたはあなたと言ってもつながりは求めたいと思います。わかってほしいという気持ちも含めて、「私は私、あなたはあなた」と言いながらもです。 |
|
|
|
|
|
J当院 頑固?
これは正解がないと思うのですが、個人というのは頑固じゃないですか。個性を尊重しようと言いますが、他を認めるというより「私は私、あなたはあなた」ということになっていませんかね。
高橋
それは自己中心的な生き方ということですね。 |
|
|
|
|
|
I当院
最近よく「おひとりさま」ということを聞きますが救いとか幸せというのは一人で成り立つのでしょうか。
高橋
そうですね、やっちゃんは成り立たないと考えているのですね。 |
|
|
|
|
|
H当院 自分を飾る
どうしても飾っているうちは打ち解けられない、わかり合えることができないということを気づかせてくれる言葉なのでしょうかね。
高橋
「飾り」という言葉で表現されましたが、自分で自分は見えないということじゃないでしょか。ここに気づくということは大変なことですよ。 |
|
|
|
|
|
G当院 孤独? 自立?
お聞きしたいのですが、お釈迦様は「独生・独死・独去・独来」で人間は結局一人である。そしてさらに「無有代者」・誰も変わる者がないと言われていますね。仲間がいても結局あんたはあんたでしょと冷たくおっしゃっているような気がするんですが。
高橋
先ほども少し触れました、人間は立場や環境が変わると見え方や考え方が変わると断定されているということじゃないでしょうか。
※参考
※自立と孤立
自立 (Independence)
定義: 自分の限界を理解し、できることは自分で行い、できない時は他者に助けを求められること。
本質: 依存先を増やすこと(相互依存)。
特徴: 主体性、芯がある、強みを持っている、他者との関係性を保つ。
孤立 (Isolation)
定義: 家族や社会とのつながりや助けがない、少ない状態。
本質: 助けを求められず、独りで抱え込んでいる。
特徴: 不安、寂しさ、周囲とのコミュニケーション欠如、自己責任感による負担。
|
|
|
|
|
|
F当院 同じ道を歩く
檀家さんにどう説明したらいいか、そこから入りますからね。それも自分では鎧を着ているんですね。自分をよく見せようという気持ちがありますからね。自分のことが言えるようになったのは、仲間の存在とか、同じ道を歩んでくれた人がいたということが大きいと思います。それはあらゆることにおいて言えることではないでしょうか。自分で自分を許すことができるのは、ご先祖さんも含めて周りの存在ですね。
高橋
そうですね。うちの西徳寺というところで婦人会という会があるんですよ。要するに女性の方で成り立っている会ですが、それは50年前からあるんですね。ご主人を亡くされている方が集まっているのですが、同じ経験されてということで横のつながりが非常に強いんですね。お寺でお友達になってきた人たちが、もう80代くらいになっている方が多い中で最近50代の方が入ってこられました。そこで先輩の方とつながることが多いようです。お友達を超えてるという世界ですね。 |
|
|
|
|
|
E当院 はずかしい
最初のうちは自分を隠そう隠そうとしますよね。「はずかしい」とか「どう思われているだろう」とかね。
高橋
やっちゃんが、そのことを皆さんの前でオープンにしたことは私としては非常にビックリしています。もう違ってきたなと思いましたね。 |
|
|
|
|
|
D当院 「心はコロコロ変わる」
淳さんはお話しの前半で「聞く」ということをお話しされましたね。私は淳さんの立場でなかった時は「私は違うな」と思って聞いていました。ところが実際に自分が同じ経過をたどると聞き方が変わってくるんですね。うちの住職もよく言うのですが、心というのはコロコロ変わるでしょということですね。皆さんもそう思いませんか。
高橋
今の話を聞いていても、やっぱり自分のことにならないと聞かないなと思います。他人事だと面白おかしく聞くんですが、自分ことになって初めて真剣になりますね。それは逆に聞くというより聞けないということがわかりますね。
|
|
|
|
|
|
C当院 雲行き
私はその時は他人事として聞いておりました。自分は絶対そうはならないぞと思っていました。しかし、研修が二回三回と進んでいく中で私の方も雲行きが怪しくなってきました。そして淳さんにお話をしましたら、非常にいい顔で聞いてくれましたね。
高橋
その時は私と同じ苦しみを味わってくれて、非常に優しい心でずっと聞いていましたね。 |
|
|
|
|
|
B当院 自己を語る
最初の研修会で「自己を語る」という課題をあたえられましたね。、
高橋
その少し前に忘れもしない出来事が起こりました。私と一緒にいた人が私の前からいなくなる事件が起こりました。その時にやっちゃんと会ったのです。
|
|
|
|
|
|
A当院 研修会同期
私たちは何の同期かと言いますと、「聞法運動推進員養成研修」の第11次研修会の同期なんです。皆さんもお坊さんと言いますと、一回資格を取るとそれで終わりと思っている方も多いと思いますが、たくさんの資格を取るために様々な研修があるんです。
それで私たちは布教使の資格を取るために5年間同じ先生に学び、同じ釜の飯を食べて過ごすんです。絆が強いのは研修会だけではなく、お互いがバツ1仲間であるということです。
高橋
ここでそういうつながりを言いますか。私はいいんですが、やっちゃんの方が困るのではないかと思い心配していましたが、おおっぴらに言えるのはたいしたもんだと思い、ある意味安心しました。そうなんです、同じ苦労をしているんです。私の方が、そちらも先輩なんです。
|
|
|
|
|
|
序章
講師 東京 西徳寺様勤務 高橋 淳氏 対談 梵行寺当院 木村恭裕
なんとも言えない息の合った対談でした
@当院
今日は起承転結はっきりされたお話大変有難うございました。私たちは同期ということですが、今日はめちゃくちゃ緊張されていましたね。
高橋
こんなに大勢の方の前でお話ししますとやはり緊張致します。お互いに淳くんとやっちゃんと呼び合いをしていますが、さすがにこれだけの方の前となるとリラックスできませんね。 |
|
|