日誌3

2026年07月18日
みょうがの葉や茎には、ショウガ科特有の「α-ピネン」や「カンフェン」などの精油成分が含まれており、これが強い抗菌・防腐作用を発揮します。そのため、みょうがを浸した水は腐りにくくなり、鮮度やみずみずしさを長く保つことができます。
暑い日が続き、今日は本堂のお花にもみょうがの葉を添えてみました。皆さんもお試しください。
2026年07月15日
ここのところ、先代坊守(私の母)の遺品の整理をしています。昭和1桁世代は、物を捨てられない世代でもあります。難しい選択を迫られているようでもあります。懐かしい写真はもとろんのこと、本人にとってはすべてが大切なモノです。貴重な物が発見されることもありますが、次世代へつなぐには難しいものがほとんどです。これは大事なものを次の世代につなぐ大切で難しい事業なのです。一つでも大切なモノ・ことがあったら貴重な経験となります。
2026年07月12日
細くて長い千歳飴は、かつて「千年飴(せんねんあめ)」や「寿命飴」とも呼ばれていました。昔は子どもの生存率が低い時代であったために、「長生きしてほしい」という願いが込められ、七五三の縁起物として根付いたようです。しかし今では千歳飴に変わり、おもちゃやべつのお菓子が入っています。じだいによって変わるのは必然でもあります。季節を問わず七五三を祝う、当然暑い時もあります。近年の暑さは神事も仏事も変えてしまいました。仏事もあまりの暑さから、墓参や新盆の形も少しずつ、あるいは大きく変わりつつあります。
2026年07月09日
豊田のご家族には100歳になったおばあちゃんがいらっしゃいます。昨年から介護施設へお世話になっているのですが、すこぶるお元気です。私たちも2年ぶりに伺ったこともあり、面会に行ってきました。とにかく明るく元気なおばあちゃんという感じでした。人生に答えはありませんが世話になる方も勇気と柔軟な心があれば、幸せを感じ取ることができる現代を生きる姿を象徴されている感じでした。「オレはまだまだ世話にならん」という生き方もあるのでしょうが、「お世話になって生きている」という実感は必要なことと改めて感じさせていただきました。元気の源は、「お世話していただきありがとう」でした。
2026年07月06日
ようやく愛知にいる孫の七五三に行ってきました。三度目の正直となる今回の計画でしたが、無事に行けるということの不思議さを改めて感じました。孫も名古屋空港まで出迎えに来てくれ、首を長くして待っていた姿は不思議さの象徴でもあります。体調不良が続き、長く待たせたことも相まって、嬉しい体験ができました。仏式でも七五三はできるのですが、普段お伺いすることの少ない神社でも、その意味を丁寧にお話しいただき、改めていのちの尊厳を感じる旅となりました。孫をはじめ家族、それだけではなく多くの人に支えられての旅となりました。ありがとうございました。
2026年07月03日
とにかく草の伸びが早いこと。広い境内は少しでも気をぬくとあっという間に雑草が陣取ってしまいます。雑草も生きるために一生懸命なのでしょうが、我々人間にとっては目の敵にされてお気の毒でもあります。そんな折、日報抄に下記に記した一文が載っていたのでご紹介します。

雪が解けたばかりの庭に、ホームセンターで買った防草シートを張ったのは3月だった。雑草対策に先手を打ったはずなのだが、ほったらかしの庭では今、カナムグラや雑草化したキクイモが伸び盛りで、包囲されたシートは埋没していた
▼座布団のようにこんもり膨らむシートの下では、キクイモがうじゃうじゃと身をよじらせていた。留め具もろとも押し上げたシートとシートの継ぎ目から、光を求めてずぶとく頭を突き出している
▼戦国時代の武将は「おもだか紋」や「かたばみ紋」など草の家紋を好んだという。抜いても抜いても伸びてきて生き残る雑草が、勝ち草として尊ばれた。植物学者の稲垣栄洋(ひでひろ)さんが自著「弱者の戦略」に書いている
▼しぶとい強さの象徴でもあった雑草を、こよなく愛した漂泊の俳人がいる。種田山頭火はいくつもの句を詠んでいる。〈あるがまま雑草として芽をふく〉〈うれしいこともかなしいことも草しげる〉。雑草風景と題した句集もある
▼日記にもつづる。〈私は雑草をうたふ、雑草のなかにうごく私の生命、私のなかにうごく雑草の生命をうたふのである。雑草を雑草としてうたふ、それでよいのである、それだけで足りてゐるのである〉
▼少し意外だが、稲垣さんによれば、雑草と呼ばれる植物群は植物界では強者ではなく弱者とされるのだという。植物間の生存競争に勝てず、豊かな森を追われ、リスクのある不人気な場所を選んで生きる。そう思えば、山頭火の雑草愛が、しっくりとくる。
2026年06月27日
小池ローソクさんに行ってきました。以前から伺おうと思っていたのですが、ようやくお伺いすることができました。「花ろうそく」で有名なのですが、そもそも花ろうそくとは・・・
花ろうそくは冬の長い雪国でうまれた伝統工芸です。豪雪地帯として有名な越後新潟は、冬になると暗く寒い時期が続き、お供えするお花がなかったといわれています。
「少しでも明るく、華やかにしたい」そんな思いからお花の代わりに、ろうそくにお花の絵を描いて灯したのが始まりといわれています。
自分の家族や大切な人を思い、描いたのが始まりとされる、民衆の文化です。
このようなご説明をいただきました。今年の法要で使わせていただく予定です。ありがとうございました。
2026年06月24日
今回も広澤氏の法話をいただいたあと、ミニゲーム大会と対談法話を開催しました。ミニゲーム大会では2度連続で当った人あり、何度参加しても外れてしまう人ありで、悲喜こもごもの中で楽しく行われました。ちょっとしたものですが、声を掛けながら親しくお話ししてお渡しする時は、どなたも笑みを浮かべながら童心に帰ったようでした。その後行われた対談法話は改めて紹介したいと思います。皆さんありがとうございました。
2026年06月21日
20日は法中講でした。法中講といっても何の意味か分からない方も多いのではないかと思います。京都本山の御門主様(今で言えばトップ)の方からいただいたお手紙を実現するために、多くの皆様に披露かたがた自分の生活に当てはめ現在をどう生きるか?どう生きているか?様々な角度から仲間と共に確かめ合う集まりです。人間はどこまで行っても、自我を中心に生きていることさえ忘れ?あたりまえのように生きて?お互い不和となり、大きくなればとんでもない破壊行為になることにつながるとも思わず生活しているのです。だからこそ定期点検のように、人生を法に確かめ、友と共に時間と空間を過ごすのです。今回も多くの皆さんからお集まりいただき有難うございました。
2026年06月18日
ワールドカップがはじまり、世界中の注目を集めています。しかし盛況な中にあって、いつでも隣り合わせに世情不安があります。人間は素晴らしい能力を持って様々なものを作り上げてきました。一方では、これも隣り合わせに破壊的行為が行われてきました。根でつながっているいのちでありながら、生と死や勝ち負けによって人間は迷い続けている歴史を持っています。作り上げてきた歴史に目を向けている言葉を、今や世界的人物になっている大谷翔平が発しています。「多くの人がチャレンジして到達できなかった歴史があるからこそ、私は注目浴びているのです。そのことを忘れては今の私はありません」。正確ではありませんが、ほぼこのような内容の言葉と私は理解しました。そこに銘をうつ、「正真正銘」といわれる理由があるのでしょう。一人一人に「正真正銘」はあるはずです。

※正真正銘
偽りや嘘のないことを強調するのに「正真正銘」という表現がある。日常何気なく使われている表現の中に、意外と知られていない過去の宗教的伝統の蓄積があるのだ。実はこの言い方は「正真」という仏教語から来ている。「正銘」は正しい銘が刻まれたという意味である
 正真はブッダ(釈)の智慧であり、知見である。 ブッダの覚りの内容をニルヴァーナ(涅槃)ともいう。ブッダの覚りを求め、過去多くの人々が修行をおこなってきた。今でも世界中各国で様々な人たちが日々修行を実践しておられる。煩悩の炎を焼き尽くして完成された智恵の状態であるニルヴァーナは人生の最高目的である。ブッダはそれを実現できた希有な人物であった。
 現(うつつ)の世と言われるこの人間の世界で正真の道を歩むためには、具体的にどのようなことが期待されるのか。実際、私たち人間の眼(まなこ)は煩悩に覆われていて正確に物事を観察することができない。しかしメガネ(眼)の汚れは落とさなければならない。自分でメガネの汚れを拭いて物を見ようというのが世の倫理道徳である。
 しかし煩悩の炎に焼かれている姿をこの私自身がどのように見ることができるだろうか。自覚を促すものは自分ではあり得ない。目覚めを勧めるものは厳然として他者であり、さらにまた日々の出来事のなかで私と関係を取り結んでいる人々である。そのような他者の眼差しに私たちは無頓着である。他者との関係が見えているようで実は見えていないことの方が多いのだ。
 変転極まりない人生のなかで、出来事の本来の意味を知らせてくれる存在は貴重である。人によっては、出逢い難くして逢い得た無上の師をもつ方もおられよう。周囲の人々と自己との関係をたしかめながら出逢いの意味を問い直してみたいものだ。
2026年06月15日
法中講も近づいてきました。今年新潟市西区小針瑞林寺様から法話をいただいたあと、恒例となっている対談法話・宗活プログラム、その間にミニゲームも取り入れリラックスして聞いていただければと思っています。少しずつ準備に入っていますが、何事も本番当日を迎えるまでは緊張が続きます。普段やらないことをやり、見えないところが見えてくるものです。そちらの方がと言いますか、そちらの方も大切です。
2026年06月12日
大遠忌法要など大きな法要では稚児行列が一つの花を添えてくれます。私の孫も参加しましたが、4歳の女の子は問題なかったのですが、2歳前の男の子は無理があったようです。衣装を着るにも意味が分からず、冠もかぶるのも大変だったようです。それはそれで本人の気持ちは分かりませんが一つの経験です。法要で大事なことは次の世代に伝えることです。とにかくご苦労様でした。
2026年06月09日
7日は中央区の願隨寺様で750回大遠忌法要が勤められました。50年に一度の大きな法要は、心配された天候も曇りではありましたが予定通りに外を練り歩く庭儀式も行うことができました。画像は法要前の境内の様子で、仏閣幕と仏旗がなびく中で750年の時を経て私たちに生きることの尊さを伝えるようにたなびいていました。関係者の皆様の御尽力を感じる法要となりました。また・・・
2026年06月03日
久しぶりに沢海の北方文化博物館に行ってきました。変わり行く時代の中で伊藤氏(7代目文吉氏)はどのように生きてきたのか、そして変化にどのように順応してきたのか。あるいは格差社会の中で、小作の人たちとどのように向き合ってきたのか。豊かな家に生まれたからといって問題がないはずはないのです。今まで培ってきた文化を、形を変えても伝えていくことの大切さを改めて学ばせていただきました。偶然ですが広間に外国の方が多く寝ながらくつろいでいる姿は、日本人にはない光景であり何を感じ取っているのか?その光景がこの画像です。
2026年05月31日
ある御門徒さんの月参りでのことでした。最近はお勤めの関係をはじめとして生活環境の変化などもあって、月参り日の変更も多々あります。一方でこちらの都合になりますが、法務のお手伝いしてくださる方も増えました。その結果ローテーションを組んだりで、今までよりは身体ではなく頭で記憶しなければなりません。そのような状況が続くとどうなるかというと、時々情けない話ではありますが忘れることもありご迷惑をおかけすることもあります。それでお電話があり、連絡ミスで午前中に伺うことができませんでした。その内容は「事故であったのではないかと心配でお電話しました」ということでした。なんと安否確認をしてくださったのです。最近私もご門徒さんによくいうことは「安否確認かたがたお参りに来ました」。人ごとではないですね、コミュニティの大切さも含め、いろんな意味で心配しているようで、実は心配されているのですね。申し訳ないありません、そして失礼致しました。
2026年05月28日
最近はセレフレジも多く、おつりのやりとりもすべて機会がやってくれます。人間よりも正確なのでしょうが、確かなゆえに不確かさを生み出すこともあります。あるときのコンビニでの話ですが、セレフレジでおつりをもらって帰りました。なにげなく通り過ぎればよかったのですが、ふと「おつりが少ない」と思いコンビニに問い合わせました。そうすると別室でお話を聞いていただいて、防犯カメラを再生してくださいました。十分にお札の金額まで確認できなかなかったのですが、そこまで丁寧に検証してくださって本当にご迷惑・ご面倒をおかけしました。あるときの御門徒さんからのお話しでした。
2026年05月25日
門徒さんのお嬢さんですが、小さい頃から運動神経が抜群でスケボー・ブレードボードなどを乗りこなしていました。今では体操クラブに通っているそうで、平均台ではバク転もできるそうです。そうなると必然的に親御さんも送迎をはじめ、休日返上となります。まだまだ小学生なので、これがあと何年も続くということで嬉しいやら大変やら。とにかく子どもの能力を伸ばしていきたいという親の気持ちはいつでも同じです。
2026年05月22日
境内でも鐘楼のまわりに咲いているのがヒルザキツキミソウです。ある方から教えてもらったのですが、スマホで簡単に調べられるとのことです。便利になったものですね。ネットで調べてみると次のようなことが書いてありました。
夕方から夜咲きの多いツキミソウの仲間ですが、名前の通り明るい時間に花を開くので花壇にもよく用いられているようです。形が少し角ばった広釣鐘型で、ピンクと白の混じったような花を、初夏から長期間咲かせます。葉は比較的小さく、枝は直立しますが、それほど背丈は伸びません。いつの間にか増えるほど丈夫な花で、駐車場の脇のような荒れた場所でも育ちます。野生化して空き地などに咲いている姿もよく見かけます。
2026年05月19日
しばらくお休みしていました「3B体操の会」が再開致しました。仲良しクラブということもあって皆様からの声で今回の再開となりましたが、先生の体調はまだまだ万全ではないようです。参加者の方も体調の変化や仕事の関係で休まれる方も増えてきましたが、久しぶりに賑やかな声が本堂に響き渡りました。私も経験したアキレス腱断裂、本当の意味の回復はかなり時間がかかると思いますが、おしゃべりの方はエンジン全開ですのでよろしいのではないでしょうか。
2026年05月16日
次から次へと相談がありました。そのすべてが想定内ではありましたが、改めて疲れました。内容は言えませんが、一番大切なことを通り過ぎて、小さなことを取り上げているような気がします。何事も本質に触れるということは難しいようです。ただ、誰から見ても立場や視点の違いはありますので、とりあえずお聞かせいただきました。自己主張も過ぎると孤独になりますので・・・。はたして自己主張なのでしょうか・・・。


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